『母衣』とは、もともと戦場で背後から飛んでくる矢を除けるための武具で、長尾隼人正一勝も戦場に赴く時には母衣を背負って出陣したと記録に残っています。また関ヶ原合戦図屏風(関ヶ原町歴史民俗資料館蔵)には母衣を背負ったその姿が描かれています。

その後、戦乱の世が去り太平の世となった江戸時代に、子供たちがこの母衣(ほろ)を背負ってお祭りの行列に参加することで、健やかに成長できますようにとの願いを込めました。そして装飾も次第に華やかになり、きらびやかな衣装とともに、現在まで受け継がれています。このような母衣は全国でも東城だけに残るとても貴重なものです。